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私のフュギュア観戦歴

フュギュアスケート全日本選手権は、いつものようにドキドキしながら
見てました。特に女子の代表争いはすごかったですね~。
どの選手も皆、素晴らしい演技でした。

ちょっとフジテレビのアナウンサーがうるさいですけど・・・・( ̄○ ̄;)!

鈴木明子さんにも代表枠をあげたかったけど・・・去年の中野ゆかり
ちゃんといい、
本当に代表が4枠あればいいなあと思うくらいですね。

でもでも、代表が3枠というのは少ないようですね。
アメリカでも女子は2枠ですから。

さてさて、全日本の結果や今のフュギュア採点のいろいろは、
あちらこちらで言われていることなので、私のフュギュア歴を少し・・・

と、いっても滑るのは手すり磨きから始まって、リンクの真ん中まで
スイーっと行けたら拍手ものなので、テレビやアイスショー観戦記なら
いっぱい書けますよ。

まず一番最初にテレビでフュギュアスケートを見たのは、札幌
オリンピックの前年にプレオリンピックが開かれた年でした。
当時、小学校中学年くらい(?)

母がけっこうフュギュア好きで、よくテレビで見ていたのです。

札幌オリンピックで話題になったのは、ジャネット・リンですが、
プレオリンピック女子で優勝したのは、ホームズさんというアメリカの
選手。(ファーストネームは覚えていません)

グリーンのコスチュームを着て、グリーンのヘアバンドをして
優雅に氷の上を舞っているのを見て、きれいだなあ~と思ったのが
最初です。

その選手はオリンピックは4位だったと記憶しています。

その後のテレビ観戦は、やっぱりオリンピックでした。
インスブルック(だったと思う)で優勝したアメリカの女子選手、
ドロシー・ハミル。

この時、渡辺絵美さんが日本代表として出場していたと思います。

はっきり記憶に残るようになったのは、なんといっても佐野稔さんが
日本人として男女通じて初めてメダルを獲得した世界選手権でした。

銅メダルでしたが、確かフリーは1位だったと思います。
今は、すっかり愉快な解説でおなじみの佐野さん、その時は
号泣していました。

女子では、レークブラシッドオリンピック前年に世界選手権で
渡辺絵美さんが銅メダルを獲得。一気にオリンピック初メダルへの
期待が高まりましたが、全国民からのメダルへの重圧でショート
プログラムでミスが出て、総合6位でした。

そのシーズンで渡辺絵美さんは引退、プロスケーターとして
アイスショーや解説で活躍するようになりました。

この頃は、ずっと女子に注目していた私。
当時、強かったのは旧東ドイツのアネット・ペッチ、アメリカの
リンダ・フラチアニ選手だったと記憶してます。

その後、ビールマンスピンで有名なデニス・ビールマンが
世界選手権で優勝。今でこそ多くの選手がビールマンスピンを
試みますが、初めて見た時のこのスピンは、「すごい!!」と
誰もが驚いてました。

演技の最後にこのスピンを決めるのですが、会場からは
ドーッとざわめきが!!

このデニス・ビールマンは、規定からショートプログラム、フリーと
どんどん順位を上げてくる選手だったように思います。

その次にエレイン・ザヤック、ロザリン・サムナーズと世界
チャンピョンが続き、当時はアメリカがフュギュア王国でした。

そしてサラエボオリンピックで金メダルに輝いたのが、
旧東ドイツのカタリナ・ヴィットです。

ヴィットは、世界選手権4回優勝、サラエボとカルガリーで
オリンピック2連覇を果たし、歴史に残る選手になりました。

しかし、カルガリーで世界から、一躍、注目を浴びたのが
伊藤みどり選手です。

この人抜きに日本のフュギュアを語ることは出来ないし、
今の日本の強さを語ることも出来ないでしょう。

すでに小学生の時、全日本選手権で3位入賞を果たしていたと
思います。その後は一直線に日本のエースとなっていきました。

登場した時からジャンプの高さは注目されていましたが、
カルガリーでは、ジャンプはもちろんのこと、スケーティングのスピード、
スピンやステップなどもスピードと躍動感にあふれ、それまでの
優雅なフュギュアスケートのイメージを、スポーツとしてのフュギュアに
変えたのがこの人です。

後は、皆さんご存じの通りの活躍ですが、当時はコンパルソリー
(規定種目)があったために世界選手権優勝は1989年、翌年の
1990年は、SP、フリーともに1位だったのですが、コンパルソリーの
出遅れで2位でした。

コンパルソリー廃止になった1991年からは、フリーの得意な選手が
世界の「みどり」を追いかける形で次々と登場し、トーニャ・ハーディング
が伊藤みどりに続いてトリプルアクセルを成功させます。

この年は、伊藤みどりはアクシデントで怪我が響いて4位でした。

(この時、クリスティ・ヤマグチが優勝し、アメリカが表彰台を独占
しています。
今なら、国によるメダル配分とか(?)で1つの国が表彰台を
独占させてくれないですよね。
日本が表彰台独占も夢ではないんですが・・・)

翌年のアルベール・ビルオリンピック頃からは、もう皆さん
ご存じだと思います。

世界の「みどり」は、オリンピック史上、女子で初めてトリプルアクセルを
成功させて銀メダルを獲得。

成績だけでは、世界選手権の金メダル・銀メダル各1個と、オリンピックの
銀メダルという形ですが、当時の日本フュギュア界では画期的なことで
あったのはもちろん、伊藤みどり選手のすごさは成績だけでは表せない
のです。

女子で初めてトリプルアクセルや、3回転ー3回転のコンビネーション
ジャンプを成功させるほか、フュギュア全体の技術の躍進に繋がった
こと、世界選手権の得点がギネスブックに載るほど高かったことなど、
歴史に残る選手になりました。

その後、彼女の偉業が「殿堂入り」という形で認められています。
当時から100年に1人の逸材だと言われていた通り、もうあんな
素晴らしい技術を持つ選手は現れないのではないかと思います。

技術の「みどり」の直後、佐藤有香さんがその優美なスケーティングと
ステップで魅了し、世界チャンピョンになりました。

男子では本田武史選手が4回転を成功させるなど、
少しずつスター選手が出てくるようになり、女子では荒川静香
さんがトリノオリンピックでついに金メダル。

今のフュギュア界は、日本人選手抜きでは語れないほど強くなりました。

浅田真央ちゃんに、安藤美姫ちゃん、男子でも高橋、織田、小塚、
各選手の活躍に心奪われます。

バンクーバーオリンピックでは、女子で採点に大きな疑問点が残り、
現在もジャッジの匿名制など問題点も多くあります。

ですが、長年フュギュアスケートを愛してきた者にとっては
やはり見逃せないスポーツであることは確かです。

競技とはべつにアイスショーには、プリンスアイスワールドを
何度か観戦したことがあります。

伊藤みどりさんが目当てで行ってましたが、八木沼純子さんや
佐藤有香さんの華麗な演技も素敵でした。

ひさしぶりに、またアイスショーも見に行きたいな~と思ってます。

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