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ちょっと切ない思い出

私は娘に「女だから」とか「女なのに」という台詞を1度も言ったことがありません。

それは、自分の体験からくるところが大きいんです。

小学校5年生くらいの時にピアノをやめてしまった後、やっぱり習いたくなって
母にお願いしてみました。

あまりに私が言うので母が、友達が通っていた教室に問い合わせてくれたのは
良かったのですが、いっしょに通おうと思っていた友達がやめてしまい、その話は
お流れになってしまいました。

かなり、がっかりしたのを今でも覚えています。

母としては、(それまでオルガンを弾いていたので)ピアノを買うことに抵抗が
あったのだと思います。

(オルガン教室のカリキュラムが終わり、ピアノへ進む段階でしたが家にはピアノが
なかったので、オルガンで練習、教室ではピアノを弾いていました)

高いピアノを買ってもしやめてしまったら?という思いもあったと思いますが、
当時は電子ピアノなどもなかったので、確かに高価な買い物には違いなかったと
思います。

それでも私は、中学になってからもやはりピアノを習っている子がうらやましくて
しかたなかったのです。

そんな母は私に言いました。

「ピアノを習ってどうするの? ピアニストにでもなるの?」

ピアニストになるとかそんなことを、まだ当時思うべくもなく、ただ好きだと
いうだけだった私。

昭和一桁生まれの両親。高度成長期の中で育った兄と私。

母は兄にかなり期待をかけていて、兄には家庭教師をつけていました。

大人になってから思ったことですが、ちょっと不公平じゃない?って。

妹の私への期待は、「女の子らしく」なってほしかったこと。
将来の進路、女性のキャリアなどはあまり考えてなかったと思います。

まあフツーに勉強して、短大は行くか就職するかして、フツーに結婚して。

それが両親の思っていたことだったと思います。

兄には教育ママの母だったけど、私には「いい結婚」をしてほしかったようです。

フツーって何だろうな? いい結婚って何だろう?

というのは、大人になってから思ったことですが。

家のお手伝いも女の私にはうるさく言うけれど、兄にはあまり言わないので
「お兄ちゃんは、手伝わなくていいの?」と聞いた時の母の言葉です。

「何言うてんの。お兄ちゃんは、男やないの」

は?

男は手伝わなくていいのか・・・?

なんとも言葉にならなかったです。

もちろん、父はドーンと座って「お茶」というタイプ。

母はパートで働いていても、全部自分で家事をしていて「しんどくないのかな?」と
私は思ってました。

そんな両親ですが、今はもう高齢になっての2人暮らし。
母が腰を痛めていることもあり、父が主に家事をしています(笑)

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女性問題・男性問題」カテゴリの記事

コメント

ああ、何だかよく耳にするお話ですね。
私の母親も大学に行かず短大ぐらい行って21歳で嫁ぐ、と祖母に思われていたらしいです(苦笑)
結局、母親は教員になれば大学の奨学金を返還しなくていい制度を利用して、大学に行って教員をやっていました。
今は確かこの制度はなくなったと思います(私の時代には既にありませんでしたcoldsweats01)

ちょうど高度経済成長期に子供だと、お父さん=外で働く、お母さん=家計を助ける程度+家のこと、が一般家庭モデルで、学校でもそんな風に教わってきたのではないかな、と思います。
30越えた私が小学生時代からようやく、男女一緒に家庭科や技術を学んだりして男女平等という考え方が広まってきた、気がします。
確か男女雇用機会均等法もそのあたりですね。
なので、切なかったりおかしいな、という思い出がyuppiさんたちにはたくさんあるのでは?と思います。
私の世代ですら、「男女がどうの」と言われだしてきた世代にも関わらず「おや?」と思ったり「その平等は行きすぎでしょ?」と思うようなことがありますから、なおさら多いでしょうね…。

眠りんさん

私の親は戦前教育を受けてますからね~。
価値観も相違なんてもんじゃないです。
男女平等なんて言おうものならすぐに父が「何でも一緒ということやないやろ」と、すぐ否定してきます。だから両親とは議論しませんが(議論しても不毛に終わるだけなので)

ちょうど私たちの時代は、女子は短大が多かったですねー。
私は家からちょっと離れた外国語大学へ行きたかったけれど、大学出身の女子は就職が厳しく、実家から離れている人にも企業は厳しい時代だったので、通学範囲の短大の英文科へ通いました。
今からでも、大学へ行きたいくらいですね~
(その気になれば行けるんだろうけど・・)

はい、私の時代は、家庭科は中学から男子は受けませんでしたよ~。
家庭科を男子も受けるようになったことは画期的なことなんですよ~。
それだって、家庭科共修実現をやかましく言ってきた人たちがいて実現したことなんだと思います。

雇用機会均等法は、私がフルタイムで働いていた時にはまだありませんでしたcoldsweats02

法律やハード面では、男女平等が進んできてますが、意識の面では、まだまだかもしれないなあと思うことは、よくあります。
それどころか曲解して受け取られることも・・・

男性の育児参加はまだまだだし、女性=家事・育児・仕事と負担は増えているように思えるし。

この話は、世代を超えて聞いてみたいです。

眠りんさんとも、ゆっくりお話したいなあheart04

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