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2010年4月

フロッピーがなくなる!?

この前、ニュースを読んでいたら

「3.5インチ フロッピーディスク販売終了」とあって、「sign01

だって私のシンセはフロッピーを使って保存するんだもの。

昔、コンピュータ室で仕事をしていた時代、うすいペランペランの
大きなフロッピーでした。

で、いつぞやエレクトーンを弾くようになってからは、あの3.5
インチフロッピーが大活躍。
「エレクトーンELー90」の時代です。

音源をフロッピーに入れては保存したものを何枚か持って
ブライダル会場へ行ったものです。

パソコンも買ってすぐのWindows98では、3.5インチFDが
まだ主流でした。

それが、もう今ではフラッシュメモリーなどUSBになってきてる
のですよね。今のパソコンもUSBに保存してるし。

でも、ちょっと前まではまでフロッピー健在だったので、
家のシンセも、師匠のスタジオのシーケンサーもまだ
使っています。

これは今のうちに、まだ在庫が大量に残っているうちに
買い込んでおかねば・・・と思った次第でした。

フロッピーがなくなるなんて、10年前には予想もつかなかった
デジタル進歩についていってない自分・・・

ついこの前まで使っていたデジカメは、スマートメディアが
保存カードでした。音楽で使うMidiプレーヤーも、それに
記憶して使っていたのに、そのスマートメディアはもう
取り寄せしないとない状態。

今のデジカメも、ローランドのレコーダーもSDカードです。

SDカードは今のところ、なくならないだろうけど、
こればっかりはねぇ・・・デジタルの進歩が早くて
どうなるか分からないですよね。

フロッピーが販売終了になったって、そうそうシンセを次々に
買いかえるのも大変だし、何より使いやすさが気に入ってる
ので長く使いたいし。

電子ピアノだけは記録メディアを使わないシンプルなもの
なので、生ピアノと変わらないのですが。

そういえば、うちの電子オルガン「ドリマトーン」くんも
記録メディアがない時代のオルガンだった、でも、
最近、弾いてないから音がちゃんと出るかしらん?

技術の進歩はなかったら困るのかもしれないけど、
それにしてもデジタルの進化についていくのって大変だぁ。

音楽性のことだけでなく、そのたびに備品も考えなくちゃ
いけなくなる。。

ピアノだけ弾いてればいいのかもしれないけど、
それじゃあ面白くないし、何よりピアノ人口はいくらでもいるし。。

いろいろな音を入れることが面白くて始めた音源づくり。

やっぱりやっていきたいなあと思うんですよ。

あくまでも、生楽器を生かしてBGMを作っていくのが
楽しいんです。

今、取り組んでいるカーペンターズのRainy Days And Mondays、
これもバックのコーラスとかストリングスとか入れていくと楽しい
んですheart04

そういえば、テレビもデジタル放送になるのよね。。

早く買って~とばかりに、宣伝してるのはいいけど、
ワタシんちは、なんとまだDVDプレーヤーさえないんですから。

DVDはパソコンで見る!

でも、いつまでもそういう訳にもいかないようで、
チューナーつけて見るくらいなら、デジタルテレビを
買って、ついでにDVDプレーヤーもほしいしなぁ・・・

でもでも、こんなんで地球にやさしいのかしらん?

モノを大事にしましょう、エコを進めましょう、と言いながら、
まだ使える電化製品を買い替えなきゃいけないっていうのも、
なんか変だ~~tv

話を元に戻して、フロッピーディスクの話、なるべく長く
もってくれますように。。。

女性専用車両のこと

http://lucaleo.cocolog-nifty.com/blog/2010/03/post-1efa.html

メルマガにこのブログのことが載っていたので、とっても気になった。

女性専用車両のこと。

このブログ主「ルカさん」は、イタリアの人で、知らずに女性専用車両
に乗っていたら、駅員さんに怒られたそうです。

根本的に痴漢の解決にはなっていないんじゃないか、本当に必要
かな?と疑問を投げかけられています。

もちろん、イタリアと日本では交通事情が違うでしょうし、
いきなり怒鳴られたので不快な気持ちになるのはわかります。

コメント欄にあるように、駅員さんも英語の言い方が
分からなかったっていうこともあるでしょうし、
もうちょっと丁寧に言ってもらえれば良かったのかも
しれませんね。

ただ、女性専用車両って私は必要!というか、あってほしい
って、ずっと前から思ってました。

OLをやっていた時期が私にもあります。

私は小柄なので、周囲をずらっと背の高いおじさん達に
囲まれ、身動きできない中でじっと立ってるのって苦痛以外の
何ものでもありませんでした。

女の人だけ乗ってくれたらいいのに、と男性には失礼ながら
思ったこと数知れず。

で、チカンという行為自体、本当に腹立たしい、許せないもので、
これは女性にしか分からないでしょう。

鞄が当たっただけでも身を構えてしまうものなんです。

だから女性専用車両ができた時、
「やっぱり同じことを思ってる人がいたんだ」と
うれしかったです。

この「同じことを思ってる人がいた」っていう経験、
けっこう私はあるのです。

根本的な解決になるかならないかは分からないけど、
少なくとも女性だけの車内に初めて乗った時、とても
居ごごち良い安心感に浸ったものです。

この気持ち、男性にはわかりずらいものがあるかなあ?

でも朝のラッシュ時は最近、電車に乗らないので知らない
のだけど、夕刻、JR西日本では快速電車や新快速電車に
女性専用車両がなくなりました。

混雑するのは快速や新快速なんだから、そこに作って
もらわないとなあ。普通電車で、夕方の5時~9時までと
いうのも気になります。

9時になったら、さっと男性が乗ってくるんです。
深夜、酔っぱらいがいることもあるし、できれば
5時以降、最終電車までにしてほしい、っていうのが
希望です。

あとは、チカンをする人間がいることが本当に情けない
ですね。

続いて 伊藤みどりです トリプルコンビネーションジャンプ集

また伊藤みどりさん登場!

トリプルートリプルコンビネーションジャンプ集

後半に出てくるトリプルルッツートリプルトウループ、
トリプルフリップートリプルトウループを
この前オリンピックで金メダルを取った「高さと幅のある
ジャンプ」の誰かさんのと比較検証してくれる人は
いないかなあ?

みどりさんは、他にもいろいろなコンビネーションジャンプを
持ってるんですよ。

もし今、現役選手だったら様々なコンビネーションを
魅せてくれるでしょうね。

回転不足やダウングレードなんて、この人には
あり得ない!

伊藤みどりの「シェヘラザード」

ミッシェル・クワンやキム・ヨナも滑った「シェヘラザード」。

1989ー1990シーズン、伊藤みどりのシェヘラザードです。
これはNHK杯のもの。

解説の五十嵐文男さんも絶賛してます。

私はやっぱり、みどりちゃんのシェヘラザードが一番好きだなあ。

このトリプルアクセルの高さと美しさ。
イーグルからのトリプルループ。

後半にトリプルートリプルを持ってくるスタミナ。

6種類のトリプルジャンプも完璧で、テクニカルメリット(技術点)で
6点満点が出てました。

そしてスピードがすごいです。

1989年、カルガリーオリンピックの次のシーズンで
世界チャンピョンになり、翌シーズンは表現力が必要な
このプログラムに挑戦。

技術が突出していた彼女は、アーティスティック・インプレッション
(芸術点)でいつも得点を下げられていたのですが、
20年経った今、彼女の技術そのものが芸術だと思いますね。

この頃の彼女は、飛ぶ鳥を落とす勢いで、私は
彼女の演技を見ると、感激で言葉が出なくなって
しまいます。

それくらい素晴らしい!

まだこの年まで、コンパルソリー(規定)があり、
このシーズンの世界選手権ではコンパルソリーで
出遅れて2位でしたが、ショートプログラムとフリーでは
1位だったと思います。

コンパルソリーからSP、フリーと、どんどん順位を上げて
くるので、「ツナミガール」と呼ばれていたそうです。

同じくフリーが得意で、どんどん順位を上げる選手に
デニス・ビールマンがいました。

ビールマンスピンを見た時には、お~~~っと感激して
しまいました。

ビールマンにしても、みどりちゃんにしても、もう伝説の
選手ですね。

キム・ヨナ選手、引退するのかどうか分からないけど、
彼女が審判教育のお手本になったそうで、それも
高得点に結びついたという話を聞きますが、


お手本にするなら、みどりちゃんのジャンプをお手本に
してほしいですね。

すごすぎて誰も真似できないだろうけど。

DVサバイバーとしての わたし と 音楽

このブログでは、ちょっとしたカミングアウトです。

私は、DVサバイバーです。

今は、そう言っても珍しくない時代になりました。
それがいいのか、悪いのか?

でも確かにDVという言葉、モラルハラスメントという言葉も
昔よりもずっと広まりつつあります。 

今日は、そんな私のDV&フェミ観(フェミニズム観)などを語りたいと思います。

このブログでは、あまりそれには触れないでおこうと思っていたのですが、音楽を続けるにあたって、やはりその体験抜きでは語れない、いつかは私の体験を音楽とともに話す日が来るだろうという予感があるのです。

私は、今、娘と二人で住んでいます。

夫と別居したのは、1998年の年末。国家資格を取得したのを機に、独立開業したのが別居の理由です。

DVという概念もまだ今ほど広まっていなくて、DVとは知らずの別居でした。でも、結婚当時から確かにDVはありました。会社員時代と違って、夫が独立してずっと一緒に家にいるのは、私は耐えられない(私も仕事はしていましたが、家にいる時間は圧倒的に私のほうが多かったので)こと、それから、やはり仕事部屋が一部屋はいるだろうと言うことで、事務所を借りるという名目で、家から3分ほどの場所で夫がワンルームマンションを借りたのが、きっかけです。

でも、私は前から彼の度重なる言葉の暴力や、暴力的な態度にまいっていて、別居できたらどんなにいいかと思ってました。

今なら、あれはモラハラ(モラルハラスメント)だったと、はっきり理解できます。

ただ、DV法も成立していなかったあの当時、モラハラという言葉も当然ありませんでした。夫の態度が「精神的暴力」だと知ったのは、別居した年、私が始めていたミニコミ新聞記者の仕事で、女性グループが開いていた「DV学習会」へ取材の為、参加した時でした。

それから私はDV関係の本を読みあさりました。そして初めて身体的暴力以外の「暴力」、精神的、経済的、社会的、性的暴力などがあることを知るのです。

身体的暴力も過去にはあったのです。でも、それが骨が折れるほどのものではない、脅かしの範囲を出ないものでした。だから、DVだと分からなかったのです。ただ、それまでに読んだDV関係の本で、DVのサイクル(緊張期→爆発期→ハネムーン期)に、ほぼ当てはまっているなあと感じていたことは確かでした。こういう直感は正しいものだと思います。

独立開業を決めた1998年、私は夫婦関係の危機を感じて「このままではいけないと思う。だからカウンセリングへ行こう」と、カップルカウンセリングへ行くことを提案しました。

DV関係でカップルカウンセリングは良くない、ということは後で知ったことですが、この時は、DVだとも知らなかった、ただ二人の関係を良くするために、二人でカウンセリングを受けることは有効なのではないか、と思っていました。

好運にも、以前から「女性問題」に関心を持ち、ボランティアで活動をしていた私の友人が情報をたくさん持っていたので、カップルカウンセリングがあるカウンセリングルームを教えてくれました。

その後、やはりカップルでは限界があること、夫が両親の離婚というトラウマを抱えていること、などから、彼だけがそこで継続、私は、その友人が立ち上げたフェミニストカウンセリングルームへ1人で通うことにしました。それが1999年初めのことです。

私は1年ほどそのカウンセリングルームへ通い、DV関係だったと自覚し、別居していることで物理的に距離も取れることから、いったんカウンセリングを終了しました。夫は、そのままの場所で(今も1月~2ヶ月に1回程度)カウンセリングを継続しています。

ところが、いったん私のカウンセリングを終了した直後、私は自分への自信も少し回復し、夫への経済的な話し合いを始めた途端、夫の言葉の暴力が激しくなったのです。

別れを切り出す時や、経済的なことを話し合う時が、DVでは一番危ないとされています。経済的な話し合いは、夫婦の権利としても当然の話し合いであったにもかかわらず、DV加害者にとっても一番、イヤな話なんでしょう。「おまえは、金だけが目的か」などど言ってきました。

そして、もちろん離婚も考えました。しかし、離婚を選ぶことは自営業を始めた私たち夫婦にとっては、彼に有利、私に不利なことばかり。

共有財産のマンションは、売れば足が出るくらいローンが残っていた、自営業を始める資金として国民金融公庫から借りた借金のほうが、財産よりも大きく、無料弁護士相談に行っても、「借金があれば不利」「取れても、養育費として月3万~4万」という答えばかり。

私の給料は家賃を払えば残らない額だった為、それではやっていけないことは明らかでした。その為、やはり別居生活を続け、自営業の売り上げから生活費として入れてもらう、それが一番の方法でした。

そんな話し合いをしたのが2000年。私は自分のカウンセリングを再開しました。それからカウンセリングは6年ほど続きました。弁護士相談や福祉相談に行き始めたのが、2001年冬のこと。カウンセラーさんから「PTSDの中の再体験の症状がでているかもね」と、PTSDで実際に質問される項目テストをやってみて、そう言われました。

たぶん、かなりのフラッシュバックに悩まされていたと思います。そんな中で仕事を続けていたけれど、身体が思うように動かなくなり始めたのが、2002年春のこと。めまいや倦怠感に襲われ、その夏には仕事を続けられなくなりました。

家事をするのも、ひどくおっくうで、特に食事作りは今もできません。もうすっかりトラウマになってるのです。

半年の間に5キロも痩せてしまったのが、あの頃でした。そして今までは、仕事をいろんな形で続けてきたけれど、身体を壊しては働けない、それから音楽との二足のわらじも、もうできない、と音楽に専念することに決めました。

でも、音楽だけで食べていくのは至難の業です。大人になってからピアノを始めた私には、生徒に教えるということもできず、演奏するのが好きな私は、その頃から「女性問題」と音楽を結びつけて仕事を創っていきたいと思うようになりました。

その経済的基盤として、やはり夫の資格を生かして始めた自営業が軌道にのることが前提でした。それには離婚はできない、夫にとっては、紙切れ一枚が重要な絆なんだそうです。その絆が切れてしまえば再婚相手を探すだろう、そうすれば私と娘への生活費の支払いも滞っていただろう、と今も言っています。

夫が変わることーそれは、もう一種の賭けでした。誰にも分からない賭け。それでも当時のカウンセラーさんは、「バクチではなかったでしょう?」「彼を信じていたの?」と言いました。私は少し考えて

「信じていたのは、自分」と答えました。

私は自分を信じていたのだと思ったのです。彼が変わることも、自営業がうまくいくことも。音楽の夢をかなえることも。

一番辛かった頃、支えになってくれたのは、音楽でした。ー離婚すれば、子どもを育てる生活に追われて音楽レッスンに通うことさえ出来なくなる、練習なんてもちろんのことー 「音楽をやめたくない」「音楽でいつか収入を得るようになりたい」

体調が悪くてピアノの練習が出来ない時も、いつか前のようにまた弾ける、その日がくる、元気になる日がくる、そう信じていました。

その当時、私が何よりもほしかった支援は、シェルターでもなく、保護命令でもなく、「加害者更生システム」でした。これには今も賛否両論あるでしょう。いいかげんな加害者更生は危険、それならないほうがいい、という意見が多いこともわかります。

それでも100人DV被害者がいたら、同じ数だけの加害者がいるのです。逃げても、加害者のほうは変わらず、新しい被害者を作り出すでしょう。確実な信頼できる、被害者の立場に立った更生システムがあったら、今でも夫に勧めたい、私はそう思います。

DV法の中にこれを盛り込むことは課題になっているはずです。人間の英知をかけて、ぜひ実現してほしい。なぜ被害者が家を出なければいけないのか、なぜ被害者だけが今まで、積み上げてきたものを捨てなければいけないのか、理不尽でしかたないです。

現状では「家を出る」支援に頼らざるをえない現在ですが、ありとあらゆる専門家を結集して創りあげてほしいと私は思っています。

変わるのか変わらないのか、出ない答えに悩まされ続けていた私は、被害者同士の自助グループへ行っても、自分だけが違うような気がして、孤独感にさいなまれました。経済的にも苦しくて、身体もしんどくて、一時は音楽レッスンとカウンセリングだけ、音楽の師匠とカウンセラーと娘だけが話し相手だった時期もありました。その上、娘が中学で不登校になり、完全に心を閉ざしていた時期もありました。

そんな事態が好転し始めたのが5年前くらいだったと思います。私の入院をきっかけに、夫は暴言を吐くことがグンと減りました。それまでは危険を感じて車に一緒に乗ることもしなかった私が、心を許せるようになったのもその頃です。それと同時に、経済的にも安定するようになりました。

夫はカウンセリングを通して自分の過去と向き合ってきたのです。それから、私がそれまでよく通っていた男女共同参画センターに夫が通い始めました。夫がフェミニズムに興味を持ったのも、この頃です。そうして、一緒に男女共同参画のNPOを立ち上げることになったのです。

そのNPOは、今は母体を「まちづくりアライアンス」という名前のNPOに移し、私のミニコンサートの主催者になってくれています。念願だった男女共同参画をテーマにしたトーク&ライブも今年1月で2回目を迎えました。秋には、また新企画で開く予定です。

10年来の夢が叶い、今は夫とも程よい距離を保て、娘との穏やかな生活を送っています。

夫が心の底からDVを反省し、本当に変わったのかどうかはまだ分かりません。しかし、少なくとも10年前よりも変わっているのは確かです。それは夫が別居という大波を乗り越え、ジェンダーとは何かを真剣に自分に問い、ジェンダーセンシティブな視点でキャリアカウンセリングを行ったりしている成果でもあるでしょう。また、まれに、前のような行動パターンに戻った時には、今の私には聞いてもらえる人も出来たし、一時的に迷っても、すぐに確信することができます。

今、イメージできるのは、明るい未来です。

あの時、激減した体重もすっかりベスト体重に戻りました。「女性問題」と音楽を繋げての仕事づくりは、これからもやっていきたいと思ってます。できれば、いつかDV被害者の人と一緒に音楽を楽しむ時間を持ちたい、私の拙い演奏で、もし癒しの時間を作れるのであれば、ぜひ協力させてもらいたい、と思っています。

自分で演奏を聴いてみて

HP http://www.othpage.com/pianolife/profile.html に
アップした自分の演奏を改めて聴いてみました。

やはりシンセ鍵盤で弾いているので左手に力が入ってます。

通常、シンセサイザーを弾く時や電子オルガンを弾く時は
左手の音量を少し小さめにしたり、シンセの場合は
シンセを2台を上と下に置いて弾くことが多いですが、
私は1台で弾いてるので。

シンセの鍵盤はタッチの強弱をつけにくいので、硬い弾き方に
なってる気がします。その上、これを弾いたのは数年前。

今と弾き方も変わってるし、今度録音するときは電子ピアノで
しようと思います。BGMはiPodから音源をとって、ローランドの
R09HRで録音します。

それでずいぶん柔らかさの印象が違うんではないか・・と
自分で思ったりしてます。

ただ、シンセで弾く場合は修正できるけど、電子ピアノを録音
するのは一発録音なので失敗できないってのがあるけど・・・

今はエンゲルベルト・フンパーディンクの「ラスト・ワルツ」を
ピアノソロで、カクテルピアノっぽく練習してます。

それから、カーペンターズのヒット曲 Rainy Days And Mondays
(「雨の日と月曜日は」)も練習中。

これは打ち込みでBGMを入れる予定。

曲を作ったのは、ポール・ウィリアムスとロジャー・ニコルス
ですが、アレンジはもうリチャード・カーペンターに優る人は
いないので、カーペンターズのアレンジでいこうと思ってます。

ハーモニカの部分とサックスソロは、メロディオンでその通りに、
そしてコーラスやストリングスに至るまで、そのままの編曲で。

楽しみです! どんな感じになるかなあheart01

ブログにもアップできたら、したいと思います。
重さの関係でHPのほうになるかもしれませんが。

いつになるか分からないですが、時々、のぞいてみて
やってくださいませm(_ _)m

HPに曲をアップしました♪

昨夜、急きょ自分のホームページの表紙に「めぐり逢い」を
アップしましたが、表紙は「虹の彼方に」に戻して、プロフィール
ページにmP3ファイル集をアップして「めぐり逢い」も、そちらに
移したので聞いてみてください♪

ずいぶん前にシンセで弾いたものなので、今の弾き方と
若干、変わっている部分もありますが・・・・

http://www.othpage.com/pianolife

プロフィールページは
http://www.othpage.com/pianolife/profile.html

ダイアリーのページには、ライブ情報をアップしています。
今のところは済んだライブですが、またアップしていく予定です♪

曲をアップしようとしたけれど

フュギュアスケート世界選手権も終わって、ちょっと一区切り。

まだまだ論争は続いてるようですが・・・・さて真相究明や
採点方式の見直しは進んでいくでしょうか。

私も一応、メールやネット署名などはしてみました。
できることを、できる人がやっていったら、ネット人口は
かなりの数だと思うので、少しは変わってくれるでしょう。

ところで、自分の音楽をmp3ファイルでブログにアップロード
しようとしたら、1メガバイト以内でないとできないらしいwobbly

それで、いろいろサイトも探してるんですけど、私のは
オリジナルではなくスタンダードナンバーのカバー曲が
ほとんどなので、発表する場があるかどうか分からないし。

ということで、まずは自分のホームページの表紙に
「めぐり逢い」を流してみました。

Yuri’s Piano Life です。

   ↑クリックしてね♪

どうもサイズが大きいらしく重いのか、表紙が表示されてから
音楽が流れるまで、ちょっと待たなければいけませんが、
気長に待ってみてくださいm(_ _)m

よろしければ感想を聞かせてくださいね!

この曲は、ライブでも弾いてけっこう好評だった曲です。
自作のシンセ音源をバックに弾いています。

ピアノの音は、シンセで弾いているのでシンセ鍵盤は
タッチがもう一つで、変な所で指に力が入ったりして
しまいます。お耳障りなところは許してやってくださいませ。

このHPの中で、これから少しずつ自分の曲をアップして
いこうかな、と試行錯誤中です。

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