2009年7月 1日 (水)

20年ぶり(?)の初対面 ”おーぷんざはーと”にて 

7月に入りましたね~。

記事の順番が前後するのだけど、先月の半ば、はじめて
阪神なんば線に乗って来ました。

きれいな電車で、三宮から難波までを、あっという間に
結びます。このまま乗っていたら奈良まで行けるんだから
便利になりましたね。

さて、目的地は、大阪狭山市。
難波から南海高野線に乗り換えて20分ほど。

おーぷんざはーと を主宰する 惠美さん の事務所へ。

カウンセラー仲間のお2人、かのんさん、Qooさんも
いらっしゃって、4人でティータイムを過ごしました。

惠美さんとは、もう20年近いおつき合いなのです。
投稿誌を通じて知り合い、電話でも何度かお話したことが
あるし、何よりネットでのおつき合いは長い、
でも、実際にお会いしたことがなかった!

今回、初めてお会いできました。

「プチ・タンファン」という雑誌に投稿誌のメンバー募集を
されていて、それがきっかけでした。

当時、娘が2歳くらいだったと思うので18年くらい前でしょうか。

最初は新聞だった投稿誌が、会員数が増え、やがて
立派な冊子になり、毎月毎月、惠美さんが会員さんからの
投稿をワープロで打ち、作成したものを送ってきてくれました。

そこには、夫との関係、家族のカタチ、女性としての生き方、
いろんな話題が詰まってました。

やがて「おーぷんざはーと」は、インターネットを通じて
以前のような話題を書き込んだりできる場になり、
ボランティアで相談にものっていた惠美さんは、
今は、プロのカウンセラーとして活躍しています。

同じ関西にいながらも少し、距離があるため、なかなか
会えなかったけれど、お会いしてみて、やっぱり初対面と
いう感じは全然しなかったです。

写真でお顔も拝見していたし、電話やチャット、掲示板でも
何度もお話してきたからでしょう。

なんだか嬉しかったなあ。

それにしても、ネットって不思議です。

パソコンを初めて買った時、もうすでに見たいサイトを
何件か用意していて、「おーぷんざはーと」もその一つでした。

まっ先にインターネットにつないで見たのが、
おーぷんざはーと。それが10年前のこと。

ネットがなければ、ご無沙汰になってしまうところ、
こうして今もおつき合いできるのだから。
かのんさん、Qooさんも、ネットを通して知り合った方たち
なので、これまた親しみもグンと増して。

行ってきて良かった、充実した1日でした。

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2009年6月30日 (火)

マイケル・ジャクソンの思い出

マイケル・ジャクソンが亡くなってしまいました。

びっくりした!というのが第一。
まだ50歳。ほんとに惜しい。

あれだけのビッグスターでありながら、プライベートではいろいろと
複雑な状況が噂されていて、光と影の部分を持つスターだったとか。

私がマイケルを知ったのは、ジャクソン5当時の声を
ラジオで聞いたのが初めてだったかな。

ジャクソン5の「ママがサンタにキッスした」を聞いた時、
なんてかわいい声!透き通った声!と思いました。

その前に流行ったフィンガー5のアキラくんの声と重ねたりして。
フィンガー5は、ジャクソン5の日本版だったのかな?

「スリラー」の大ヒットは、私の若かりし頃(年がわかる!?)
神戸の三宮のお店の前で、あのプロモーションビデオを
よく見たものです。

でもマイケルのヒット作の中でも一番好きなのは、
「オフ・ザ・ウォール」のアルバムでしたね。

昔の”レンタルレコード”ショップで借りて聞いたけれど、
まだ整形していない当時の、澄んだ瞳の写真が写った
ジャケットが印象的でした。

曲の感じも、スリラー以後よりも好きかも。

何にせよ、世界は大スターを失った訳です。
スキャンダルも多かったマイケルですが、
いろんな意味で伝説の人になるのでしょうね。

それにしても、晩年のマイケルの色の白いこと。
彼は、黒人独特の素晴らしい声とリズム感を持っていながら、
やはり白人に憧れていたのでしょうか。

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2009年6月22日 (月)

六甲山ケーキバイキングツアー

日曜日、六甲山ホテルへ、ケーキバイキングツアーと銘打って
昔のサークル仲間と出かけて来ました。

サンドウィッチ2種類にシュウマイ、大学いも、フライドポテトなど、
デザートはケーキが数種類にプリン、杏仁豆腐、ムースなどなど、
小さいサイズでいっぱい食べて、おいしかった!!

その後、循環バスで、オルゴールミュージアムへ。

  Rokko_musium_4

6月の六甲山は風がさわやかで、マイナスイオンを
いっぱい~ 感じる空気でした。
どこからか鳥の声も聞こえて、それがまた涼しげ。

六甲山は何回も行っているけど、オルゴールミュージアムへ
行ったのは初めてで、珍しいオルゴールがたくさん。

Hall_of_rokko1

自動演奏のピアノも何種類もあって、それが今のような
コンピュータで動くものではなく、楽譜を記憶したペーパーを
読み取りながら演奏する昔ながらのもの。

オルゴールコンサートもあって、おもしろかったです。

Hall_of_rokko2 ミュージアムの窓から眺めるバルコニーの花と
外の景色も緑豊かできれいです。

オルゴールミュージアムの後は、また循環バスに乗って  
六甲ガーデンテラスへ。

ここでは、ちょうど「英国バラフェア」を開催していて、
バラのジュースや、バラのジャムもありましたheart

セレクトショップもあり、フェアトレード商品も置いてました。
私はここで竹林の香りのエアスプレーをお土産に。

六甲山頂からは霧がかかっているのが見おろせて
幻想的な雰囲気。仙人が出てきそう~。

Rokko_card_2

雨もあまり降らず、ちょうどいいお天気の六甲山でしたshine

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2009年6月14日 (日)

弾いてきました

P1000104_2         NPO総会後のイベントで弾いてきました。

花束いただきました(^^)/

20090614_2 

通常総会が1時間弱で終了し、少しの間、休憩をとりお茶の時間。

その間、前もってしておいたセッティングの音出しをして音量を確かめ、私もちょっとの間、お茶を飲んで。

司会の人がプロフィールを紹介してくれた後、MCを入れながら6曲弾いてきました。

「愛は夢の中に」「酒と薔薇の日々」「めぐりあい」「ウェーブ」「We're All Alone」そして「川の流れのように」

NPOの会員の方々は、男女共同参画センターの情報アドバイザーだったり、弁護士さんだったり、女性問題関連の活動をされている方が多かったです。

そういう人たちとお会いできるのは、ウレシイです。

シンセの音を入れたレコーダーを「これに、どうやって入れるの?」とか、「あの音もシンセサイザーに入ってるの?」とか「あの曲は何ていう曲でしたっけ?」とか聞かれたりして、なかでもシンセの音には興味を持ってくれたみたいです。

「ぜいたくな時間を過ごせました」と言ってくださったり。うれしかったheart04

私こそ、贅沢な時間をいただけたなあ~と感謝しています。

こうして繋がっていってくれたら、うれしいなあ。

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2009年6月 5日 (金)

”生”で聞く音楽

最近はパソコンで手軽に音楽を楽しめます。動画で手軽に聞く音楽、私もけっこう探したい曲を簡単に探せるのでよく使います。

ただ、やっぱり生で聞く波動や空気、といったものは、生でしか伝わらないものかもしれません。

何新聞だったかウェブニュースで、「音楽」が心を豊かにする科目だという結果が出てました。

余談ですが、最近、新聞もパソコンのウェブニュースで見るようになりました。でも、新聞には新聞の良さがあるんですよねー。

パソコン画面では読めないコラムがあったり、小さな記事のお知らせ欄があったり、生活面がおもしろかったり・・など。

とはいえ購読料と新聞紙のリサイクルの手間なんかを考えると、今はどうしてもウェブニュースに頼ってしまいます(^^;)

本題に戻って、時には音楽もライブで聞くのも良いものです。

同じ会場で感じる空気、心が揺さぶられたり、じわっとなったり、居心地よくなったり。

そんな心が豊かになれるような音楽を、私もお届けできたらなあと思うのです。

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2009年5月25日 (月)

発表会に向かって

Maiko

きょうはレッスン日。

行き交う船が通るのは明石海峡。パールブリッジ(明石海峡大橋)のふもとのカフェでレッスン後に一休み。

夕方だったのですが、ずいぶんと日が長くなって明るい明石海峡大橋を撮影できるようになったので、携帯でパシャリ。

デジカメを持って行かなかったことを、ちょっと後悔。

新型インフルエンザに揺れた1週間でした。

初めて感染が発表された日以来、神戸から大阪、関西周辺は大騒動でした。

学校は即、休校措置をとり、神戸祭りは中止(延期?)、各イベントも中止や延期が相次ぎ、マスクはどこも品切れ状態。

それでも、どこの店員さんも皆、マスク姿。

その決断の早さが良かったのか、少し落ち着いてきた様子です。

きょうの電車では、マスクの人も半々というところで、さすがに帰りのラッシュ時間帯には大半の人が電車内ではマスクをしていました。

感染者が出た高校など一部を除き、学校はきょうから一斉に登校。仕事も始まった人もいるのでしょうか、電車はいつもよりも混んでいるような気が・・・・・。

まだしばらくは注意が必要そうです。それでも一時に比べるとパニック状態ではなくなってきたようで、やれやれ・・・・。

Maiko2 レッスンの帰り、しばしマスクをはずして海風にあたりに行き、ホッとひと息。

8月8日にある、スクールの発表会には私は初めて参加します。

でも「発表会」という名のつく本格的な発表会は、7~8年ぶりでしょうか。

「PMSライブ」というのは2年前にも出ましたが、それを除くと、かなりひさしぶりです。

場所も前のジャズピアノ教室で行われた発表会と同じ場所で、なんだかなつかしい。。。

All The Things You Are というジャズのスタンダード、4ビートの曲をひさしぶりに弾きます。

テーマ部分をピアノで、アドリブ部分をシンセに移動し、ハモンドオルガンの音色で。そしてまたピアノに戻ってエンディング。

これ、やってみたかったんだぁ~、ピアノとシンセの組み合わせで弾くっていうのを。

いつかはやってみたかった、このスタイルなので、がんばります!

先週は外出も自粛(?)気味だったので、ダレ気味でしたから、生活を元に戻していかないとね。

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2009年5月16日 (土)

推進員定例会&6月の演奏会

男女共同参画推進員の定例会に初出席してきました。

今年度はある程度もう行事が決まっていますが、なかなか面白そうで、ひさしぶりに刺激をもらって帰ってきました。

ゆっくりとマイペースで、ネットワークが出来ていけばいいなぁと思います。

以前にも書きましたが、6月14日(日)、NPO法人フェミニストカウンセリング神戸で総会後、会員さん同士の親睦の場として、私のピアノ演奏と、フリーアナウンサーによる朗読イベントが行われます。

こちらは会員さん限定なので、一般の人には聞いてもらえないのですが、私としてはそういった場で弾かせていただけることに感謝!  

女性のサポートに関わる人が会員さんに多いようなので、その日は演奏と朗読でリラックスしていただこうという試みです。

そこからまた、女性のサポートに関わる人、男女共同参画活動に関わる人との出逢いが生まれればいいなあと、うれしい気持ち。

そして、一般の人にも聞いてもらえるようなライブが出来ればいいなぁと思っています。

6月の総会では、~ゆったりまったり癒し系~で、ということなので、そんな感じの曲を用意しています。

今、心配されている新型インフルエンザが神戸で感染者とのニュース。

早く落ち着きますように!!

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2009年5月 9日 (土)

こころに残る人

5月に入って、ちょっとダレ気味で、やる気が出てこない状態だったのだけど、元気をもらうニュースが一つ、二つあったので書きたくなりました。

きょう忌野清志郎さんの「ロックンロール葬」が行われたそうです。

すごいですねー。

RCサクセションは、「雨あがりの夜空に」がやっぱり一番思い浮かぶけれど、原発を風刺した歌や「ぼくの好きな先生」など、社会的ソングや心に残る歌が多いのでしょうね。

これだけのファンが献花に駆けつけて、まだまだ列が続いているとかニュースでも放映されてました。

最初は奇抜やなぁ~と思ったけど、他にもいい歌が多いんですね。

「探偵ナイトスクープ」に忌野清志朗さんがゲストで出ていたことがあって、西田敏行さんとトークをしているのを見て、あの歌っている時の派手なイメージとは全然違う、静かで純朴な話し方が印象に残ってます。

彼の歌は、彼の内面を映し出す鏡だったのかも。

もっともっと年を取っても、歌い続けてほしかったのに惜しいです。

寂しいけれど、これだけ愛された人だったんだなと思うと、勇気をもらえます。

ミュージシャンって、こうして語り続けられる、歌や楽曲が残っていく、やっぱりいいな、と思います。

一方、森光子さんは89歳で「放浪記」2000回を演じたそうです。

41歳で初主演、それ以来ずっと。スクワットも毎日されているそうですねー。

私も、これから長い間、音楽を続けていきたいです。そして、芸能人のような大きな話題ではなくても、周囲の人に何らかの影響を残せるような、たくさんの人から愛されるような音楽家でいたいですnote

人間って、生きている間に何を残せるのか、神様から試されてるのかもしれませんね。

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2009年5月 8日 (金)

ファイナンシャルエッセイ

アマゾンで買った本を、さっそく読んでます。文庫本で小さいので、すぐに読んでしまいそう。

ファイナンシャルプランナーによるエッセイなのです。

熟年離婚を取りあげて、離婚の際に年金分割が出来るようになったけれど、どれくらいのものなのか?という内容で、事例を取りあげて詳しく説明しています。

同時に日本人女性の結婚観や、熟年になった夫婦のあり方なども取りあげていて、なかなかおもしろいです。

結論として著者が言うのは、DVなど明らかに離婚したほうがいい場合を除いて、熟年離婚はおすすめできないようです。やはり離婚後の女性の経済的な困難さが一番の理由とか。

夫婦で築いた財産は共有財産。半分は妻のもの。でも離婚の際に単純に「半分こ」とはいかないそうです。

それ、ちょっと納得いかないよねぇ。

そして、本書の中で、それぞれ自立した夫婦のあり方を模索しています。

また、著者が言う「自立」とは、経済的なことだけでなく精神的な自立が必要なんだと言っています。

20年前は結婚は当たり前とされてきたけれど、今の女子学生の結婚観はどうなのか?というと、昔とあまり変わっていなくて、「夫の稼ぎで暮らしていける」のが「勝ち組」で、やりがいのある仕事ができるのならともかく、家計の補助の為に働くような働き方ならしたくない、という本音が出ているとか。

ここで私が気になるのが「勝ち組」とか「負け組」とかいう言葉です。

これはマスコミが生んだ言葉なのかもしれませんが、何をもって勝ち組、何をもって負け組というのでしょうかねぇ?

人生に勝ち負けなんてないんじゃないの?と思うのだけど、なぜに彼女たち(女子学生たち)は勝ち負けにこだわるんだろう?と思うのです。

それから、やっぱりDVなどの離婚の場合の理不尽さでしょう。

正直な話、私も離婚を考えたことあります、何度も。

でも思いとどまったのは、やはり音楽でした。なんだか音楽の為に離婚しなかった、なんて言うのは、夫に経済力を頼っているから、のように思われるかもしれませんが、今の夫の経済力は、彼1人の力ではない明確な理由があるんです。

それで、離婚覚悟で彼に向き合った結果、わかりあえたことが一番大きかったかなあ。

夫は確実に以前と変わりました。

うまく言葉がまとまりませんが、男性に養ってもらうことに憧れる女子学生はまだ多いのかもしれないけれど、それだけでは、ゆくゆくは熟年離婚ってことになりかねないかも?

男女ともに、経済的に、精神的に、自立すること、って難しいかもしれないけれど、そういう結婚のカタチが理想なんではないでしょうかねぇ。

2人が2人ともバリバリ働かなくても、2人で2人の自立のカタチってあると思うし、それは各カップルによって違い、世間が決めることではないと思います。

それが出来ない社会は、まだまだ未成熟なんだと私は思います。

自立した個人と個人が支え合う、それが結婚(事実婚も含んで)なんじゃないのかな、と本を読みながらいろいろ考えました。

う~ん、やっぱりうまくまとまりません。

あっ、一つ確実に言えることは、これを読んで「ファイナンシャルプランニング」って必要だと思ったことなんです。

離婚するにしろ、しないにしろ、将来の為に財産形成を考えていかなくちゃ、と考えさせられました。コレ、わたしの苦手な分野かも~。

でも必要だということが、改めて気づかされました。いろいろ勉強になりそうな本です。

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2009年5月 4日 (月)

女性のキャリア

皆さん、GWはいかがお過ごしですか?

私は連休明けには予定があり、5月はけっこういろいろありますが、連休中は努めて人混みを避けるため、ゆっくりしています。

そんな訳で、ヒマつぶしにアマゾンで本を購入してみたり、DSゲームをしてみたり。あっ、もちろんピアノは弾いてますよ。

最近、芸能ニュースで話題が多いですよね。中でも訃報には寂しい気持ちでいっぱいになります。

ところで、兵庫県男女共同参画ニュースを読んでいたら、最近の企業の取り組みが紹介されている記事があって、女性が仕事を続けやすいように配慮している会社が増えてきているとのこと。

産前産後の為の制度があったり、女性も管理職になれる道が開けていたり。

たとえば、退職後、復帰できる制度がある会社も今では増えてきているらしいのです。

私は就職活動をしていた当時、「結婚後も働ける会社」できれば、復帰制度がある会社を望んでました。

でも当時は、育児休暇さえなかったし、男女雇用機会均等法さえまだ整備されてなかった時代です。今でいう「総合職」さえなかったし、お茶くみは女子社員の仕事でした。

就職した会社の面接では「結婚後も働きたいです」と自分で言ったのを覚えてます。

ところが憧れの旅行社、2年間の定期券販売は新入社員だから仕方ないとしても、その後、配属されたのは総務部。

「総務に行ったら、おばあちゃんになるまで総務部だよ」なんて同僚に言われて、本気で転職を考えました。

憧れの旅行カウンターに座ることなく、退職しました。理由は結婚でしたが、本当は転職してもう一度チャレンジしたかったんです。

でも旅行社の仕事で、あの当時、結婚後すぐはともかく出産後に働くことは難しかったでしょう。たぶん・・・。

あ~、20年前に今のような制度があったなら、そんな会社を探して転職していたかもしれないなあ、と今になって思います。

ま、結婚後に音楽に出会って、試行錯誤を繰り返しながらも今、こうして音楽をやれているということは、良かったのか、と思うことにしましょう。

これからの若い人は、どんどんそういった制度を利用してキャリアを手放すことのないよう、がんばってほしいものです。

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